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今日の富士山(長泉町水窪付近)

今日の富士山(長泉町水窪付近)
朝から風があって雪が舞あげられ、シルエットが見えにくかったはずだっ
たけど、夕方出かけたら、丁度良い具合に風がやんでいました。

それにしても肉眼で見るとすごく大きな富士山ですが、カメラ機能のチー
プなiPhoneですから。残念です。

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高校駅伝全国大会

高校駅伝全国大会
開会式です。
何だかすごいですが、京都まで来ています。

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話題のiQもちろん乗ってきた!

さてさて、11月28日発売のネッツトヨタで売っている新車、「iQ」は知っている人も多いのでは?

知っている人は知っている、猫丸の愛車によく似たフォルムとコンセプトのこの車、猫丸が興味がないわけがない。
発売週に見に行ったのは当然。その翌週には登録が終わって試乗が出来るようになったとのことでもちろん乗りに行った。

うーん、正直なところ、乗ってしまうといまいちこういう特別な車に乗っているという印象はない。ごく普通のパッソかヴィッツに乗っている感じに近い。
それはそれでホメ言葉ではあるんだけどね。

あんなに小さいのに、小ささより、広さや安定感を感じられるわけだから。試乗の間、そんな話を後部座席に乗ったネッツトヨタスルガの小林君としていたんだけど、「でも対向車の人がみんなこっち見てますよ」と言われて、気がついた。
確かにそうだ。
でもまぁ、そんな感じは猫丸が7年前にスマートに乗り始めた時はもっとすごかった。
知らないおばちゃんに声をかけられるほどだったんだから。

でも、試乗が終わってバックで車庫入れをしてみようと後ろを振り返った途端にiQの小ささを実感した。後ろの小林君、猫丸の直ぐ耳元くらいで喋ってたんだな。ちかっ!!

猫丸の琴線には微妙にふれそでふれない程度の車ではあったけど、小林君曰く、「スマートオーナーで見に来られたのは7人目くらいかと」少ないスマートオーナーがほとんど来てるんじゃないのか?

猫丸の琴線に触れない理由は、先の「小ささ感が足りない」の他には「天井から星が見えない」とか、「色がいまいち大人っぽい」という所だったんだけど、気にしていれば、情報は引っかかってくるもんだ。

どうやら、モデリスタiQっつーカスタマイズパーツがネッツトヨタで売り出されたらしい。
iQ MAXI&MIXTUREなんだけど、これがさ、けっこうかわいい感じ。
それにしてもずるい。
MAXIとMIXTUREは本来別々の物なんだけど、どう考えても同時に施工した方がカッコイイ。
しかもこうやって比べてみると「モデリスタパーツも同時に施工したくなる。

後からこうやってネットで調べたから「いいなー」と思うけど、おそらくネッツトヨタでその場でオプションてんこ盛りで見積もりなんて頼んだら、この車、250万円クラスじゃないのか?

必要か?本当に猫丸にこんな車必要か?
・・・なんて悩んでみたけど、現行モデルのスマートも180万円くらいの本体価格なんだよね。

あらら、考えちゃうなー。

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ネット上の全ての知人へ(ラッキーさんを知る方へ)

ネット上の全ての知人へ
猫丸の友人の一人であるラッキーさんの葬儀に来ています。

猫丸とラッキーさんを知る全ての方に送ります。
海を背景にした遺影、祭壇も白い波飛沫をイメージしたものでしょう。
会場には工藤慎太郎さんの歌が流れています。
工藤さん本人もご参列いただいており、彼とラッキーさんがとても懇意だったことが伺えます。
活動範囲も広く、特にネットでの活動歴が長かったラッキーさんの友人達は、きっと葬儀には駆けつけられなかった方も多いでしょう。

(記録に残すため、さらに加筆し、ここに標しておきます。)

猫丸とラッキーさんは、猫丸がまだコミュニティエフエムのパーソナリティをやっていた1998年頃、リスナーの一人として、知り合いました。
当時は「パソコンボイス」というハンドルネームでした。
視覚に障害があるのにパソコンを自在に操り、ラジオから「スタジオに集まれ」という無茶な注文にも白杖をぶら下げて現れる行動力の持ち主。

911事件を物ともせずにその年10月に一緒にハワイに行ったり、凧揚げをしたり、クリスマスにストリートライブをやったり、むちゃくちゃ遊び倒してました。

2001年にハワイに行った頃にはすでに「ラッキー」さんでしたが、その前に盲導犬訓練でイングリッドという犬と暮らした時期がありました。
結局は断念することになったのですが、その頃に「ラッキー」というハンドルネームに改めて、いろいろな事を新しく入れ替えていった時期でした。

・・・確かにこの頃から体をあちこちこわしたり、大変なことが一杯彼の身の上に降りかかってきていたのかも知れません。僕たち仲間は、いつも楽しいところでお会いするし、体の不幸自慢をしあうような仲ではなかったので、その後もいつもエリカちゃんと一緒にパーティや夏祭りなど、ことあるごとに集まって馬鹿をやる仲間でした。

6年の間癌と闘って来られたそうです。最初に肝臓癌で倒れられた時、家族はラッキーさん本人には癌告知されなかったそうです。手術で肝臓の2/3を切除したものの、その後肺に転移発症。
この時は抗ガン剤で戦い続ける人生になるので、告知されたそうです。
告知の後も、皆さん知っての通り、ラッキーさんの態度が変わってしまうようなことはありませんでした。告知は娘のエリカちゃんにもされ、その後、「青の未来 我が娘エリカへ・瞳の中の海原の軌跡」の取材なども通じて、お互いの想い出づくりをしていったと聞きました。

2008年12月8日早朝4時頃、エリカちゃんの名前を叫び続けるラッキーさんの声に起こされたエリカちゃんが「大きな寝言だ」と思いながら部屋を開けると、すでに真っ青な顔色で意識を失ったラッキーさんが横たわっていたそうです。
直ぐに救急車を呼んだものの、医師は「手の施しようのない脳内の真ん中のところで出血する脳幹出血だ」とのこと。
意識がないのに、駆けつけたお姉さんが名前を呼べば一度は止まってしまった息を吹き返す。
エリカちゃんが呼べばもっと頑張ってうなり声を上げて息を吹き返す。
どんどんと呼吸が止まる頻度が高くなる。
壮絶なまでのがんばり、見ていられないほどの状況をエリカちゃんは最後まで看取ってくれたそうです。同日20時26分、享年50歳。最後は静かに息を引き取ったとのこと。

葬儀では、ラッキーさんのお姉さんが最後まで弟の死を受け入れられずに泣きじゃくっていらっしゃいました。エリカちゃんは堅く唇をかみしめて涙をためていました。参列者は決して多くはありませんでしたが、猫丸の心に強く残る葬儀になりました。
(加筆部分終了)

今日ここに来られなかった仲間のためにエントリーをたてます。

合掌、礼拝。

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桜川沿いの柳刈込

Image010_5今年初めて知ったことの一つだけど、白滝公園から三嶋大社に向かう桜川沿い通りの柳並木の刈込が昨日行われていた。

これが三島市民に冬の到来を伝える風物詩。ゴメン伝わってなかった。

たまたま植木屋の知人に話を聞いていて、昨日たまたま通り掛かったので、それまでのもさもさした柳と今のすっきりとした冬支度との差が解った。

これは気持ちがいい。
今日は少し遠回りして並木通りを通って来たけど、たまにはこういうのもいいね。

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広告屋殺し

今朝、ひどい夢を見てうなされて起きた。寝汗をかいていた。

猫丸は表の顔で広告屋なんぞをやらせてもらうこともあるのだけど、仕事の夢を見たのは、ずいぶんと若い頃ぶりというか、覚えがないほど希有な体験。
コピーライターにお客さんの意向を伝えて、キャッチコピーを作ってもらったり、すべての文案を「ぶんなげ」でコピーライターに依頼してしまうようなこともある。
夢の中。

新店舗のコピーを注文しようとして、総務部管理課の女性スタッフに止められた。
「セキュリティ管理上、その発注は出来ません。」
「は?どういうこと?」
「コピー外注は情報セキュリティの関係で過去周知情報だけです」
「え?じゃ、新製品情報とか、新しいお店のコピーは発注できない?」
「はい。」
「それじゃ商売にならないだろう!」
半ギレル猫丸。そこへ管理課の上司がやってくる。
「堤防を高くしている以上、それを超えられないような仕事のしかたはしないでほしいんです。」
「管理体制にあわせた仕事をしろと?」
「はい、その通りです。」

なんかねー、本当はそんな事はないんだけど、妙にリアルでねー。
仕事の本質とか、人間関係とかそういう事に関係なく、セキュリティとか管理とか、保護とかなんとかですごく暮らしにくく、仕事しにくくなってるのかなーって。
セクハラだとかケータイの児童保護とか、個人情報保護法とか、なんとかかんとか。人を守るはずの法律だけど、本当にこれでいいのかなーと。ストレスたまってんのかな、とほほ。

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