« あー、あれあれ。なんやった? | トップページ | ボーランドケルダー(南アフリカ産) »

ひとのしといふこと

誰かにひどい事をしてしまって、たぶん一生顔をあわせることはできない、ないだろうことと、人の死の違いは、運命が再び二人を引き合わせる可能性があるかないかに等しい?

二度と会うことはできないのだから、存在しなくなってしまったのに等しいのだけど「可能性」があることは期待していなくても違いは大きい。
たとえ今は何もできなくても、はるか未来に、謝ることができるかもしれない。その時が来たら謝ろうと思っているだけでも、ずいぶんと救われるんだから。

逆に、たとえ会えない理由が死であっても、それと意識の奥底まで染み渡らなければ、ありえない「可能性」を心に残してしまうことはないだろうか。

歳のせいだと思うけど「最近会ってないなぁ」「あの人どうしてるだろう」と感じて、よく考えたらずいぶん昔に亡くなっているというへこむ思いもたまにするんですね。

これはたぶん、染みてないんです。
家族や恋人の死は、もちろん心に強く刻まれますし、毎日会う事ができなくなるのですから、染みます。つか、焦げ付きます。

ところが通夜に30分か1時間出席しただけでは、つらい別れでも現実として受けとめ切れないで、いつのまにか、その方が生き返ってきてしまっているのは猫丸だけ?

古い友人の死と別れに接して、ぼんやりと考えた。
単に覚えが悪いだけの事なのに。リアル。

|

« あー、あれあれ。なんやった? | トップページ | ボーランドケルダー(南アフリカ産) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2553/13964729

この記事へのトラックバック一覧です: ひとのしといふこと:

« あー、あれあれ。なんやった? | トップページ | ボーランドケルダー(南アフリカ産) »