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2002年9月25日いい天気

母と「祇園原用水」の話をした。
Googleの検索でも市のページが一つだけヒットするマイナーな用水路ではあるが、三嶋大社の宮司家系である矢田部の家で行った一大事業である。

社家の一員でもあり、当時は社家村の土地を利用して農業も営んでいた猫丸家は、この祇園原用水の使用権を持つ部農会にも在籍していたらしい。

で、まぁ、この祇園原用水の説明を聞いていたのだが、年をとると思いこみが強くなり、人の言うことが聞けなくなる。

自慢ではないが、地図を書かせたらかなりの腕前の猫丸である。
地図を書くというのは、方向音痴の方や、空間認識力の低い方には苦手なものらしい。
猫丸はこの能力のおかげで、小学生の頃は、知能テストで好成績を収め、「天才」の名を欲しいままにしたのである(嘘です)。

まぁ、そういうわけで、ほとんど間違いのない地図を書いて説明したのだが、この「祇園原用水」が「どこから」隧道に入っているのか明確にならない。

挙げ句の果てに、あるはずの「沢地川」が、沢地の村中から、壱丁田に流れ降りてきたところで、急になくなってしまう始末である。

加茂川町のある洞(谷間)と、壱町田の洞、そして徳倉の周辺をごちゃごちゃにしているようだった。

猫丸の書く地図がどうしても理解できずにいるので、話の埒があかず、しばらく時間をおくことにした。

すると、10分おきに思い出した新事実を言いにくる。
新事実の中にはまだ間違いがあったり、父から言われたことなども含まれている。
猫丸としては、実際にどこから隧道が掘られているのか、そろそろ想像できてきているのだが、「この辺からこうなの?」と聞くととんちんかんな答えが返ってくる。確証が得られないいらだちがある。

結局は壱町田のあたりで山の方に入って行く道があり、沢地川が大場川(神川)に流れ込む前のところで用水路が造られていることが解ったが、それと解るまでに2時間近くを要した。

行ったことがあって知っているのなら、そんなにかかるわけないのに。「人の話を聞く」難しさと、理解してくれない人に説明する難しさを感じずには居られなかった。

まぁ、今度サイクリングしに行ってみようと思っている。

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2002年9月22日雨

あっというまに秋である。やれやれ。

ところで、お彼岸ということで、先月高校の放送部同期会で集まった仲間と、在学中に亡くなった友人に線香でもあげに行きたいね、と盛り上がり、お母さんにアポイントをとって行ってきた。

盛り上がった割には、実際に今日参加したのは、猫丸本人と部長だった男の二人だったのだが。宴会中の盛り上がりは、なんぼまじめな話でも、信じてはいけないと言ういい例ではある。

まぁ、それそのものはここに書くほどではないのだが、そこで17歳の時に亡くなった息子を持つお母さんと話が盛り上がった。

ご多分に漏れずIT講習会やパソコンの話になり、根気よく勉強できるし、やってみては?という話をした。

「わたしもねぇ、若い頃会社で作ってたんだから、そのときまじめにやってりゃねぇ」
「え?そうなんですか?どちらで?」
「東京電気なんだけど」
「え?もしやアップル何ぞを・・・」
「あ〜、毒林檎ねぇ、ありゃだめだったでしょ。」
「・・・・。」
「だめになっちゃったよねぇ、ありゃ。だから毒林檎だよ」
「おかぁさんあんまりっす」

だめになったかどうかはともかく、東京電気にお勤めのお母さん、息子さんが亡くなったのは、1979の正月だったが、その前後の話となるとその「毒林檎」ってのはいったい。

60代の女性が語る日本、三島における林檎印のコンピュータの話というのも、もう少しつっこんで聞いてみたい気すらする。

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2002年9月11日よせばいいのにまだ残暑

相変らず暑い日が続く。
昨日は会社が休みだったので、昼間からヴァナ・ディールにダイブしていた。というか、一昨日の深夜までプレイしてその拍子で朝が10時まで寝ていて、おきてすぐブランチにしてまたゲームである。

はまっているわりには進みが遅いのだが、良いパーティに恵まれ、まずまずの戦績。詳しくは、その向きの掲示板に記入する事にするが、とにかく昼間はそんな感じ。

3時半にゲームを終了する事にして、買い物に出かけよう。
90センチの水槽が、夏の間はかなり荒れるので放置しておいたが、そろそろネオンテトラとグッピーを追加しよう。・・・ホームアシストに行こうとしたが、ふと先週の土曜日に行く約束をしていた「福屋酒店」に行かなければならない事に気がついた。

仕方なく、南に向うはずが北に。
それにしてもどこの酒屋もそれなりに面白い事をしている。
あちこちの地ビールを置いてあるとかいう事は少ないが、小さな酒屋でも、一つや二つ面白い企画があるものだ。

少し前にボイスキューの某ミスターTと話をしたのだが、ミスターTの実家が酒屋なのは周知の事と思う。
ミスターTはそれほど酒が好きなわけでもなく、興味もないせいで、それほどこった仕入れはしていない。
それでも店にはテーブルが二つほどあって、お酒もそこで飲めるし、頼めばつまみくらいは作ってくれる。

とにかく酒屋さんは面白い。入ってみて、話をして見なければ解らない楽しさなので、酒が好きじゃない人にはわかりにくいかもしれないが、日本酒が比較的苦手な猫丸ですら、買ってみたいと思わせる。

お酒を飲みに行くバーもそうだが、お酒には出会いがあり、会話が有る。このコミュニケーションがやめられない理由なのかもしれない。

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2002年9月4日晴(夏も終わりだねー)

壊れたネタの次は直したネタ。

某ウナギ店の親父の自宅に買ってあったIBM Aptivaが何の拍子か、完全にクラッシュして再インストールもままならなくなった。

新しいパソコンもすでに買ってあったし、お払い箱にすることに決定した。

でも、モニターにBoseのスピーカが内蔵され、スーパーウーファもついている、タワー型の黒いかっちょいい筐体である。
フロッピーとCDドライブが本体と別になっていてモニタの足の下に配されている、一つ間違えるとどうしようもなく直しにくそうな状況ではあったが、猫丸的には、結構お気に入りだったので、そのまま持って帰ってくることにした。

おりしも台風13号が伊豆諸島を暴風域にしている頃だったろうか。(雨の日にパソコン運ぶの辞めようよ)

それから幾年月(大袈裟)、Aptiva RestoreディスクやWndows98スタートアップディスクを次々と投入してみたが「C:ドライブリードエラー」が出て読み書きが満足に行えない状況が続いた。

「クラスターチェックで修正されないのかなー?」と思いながら何度かチャレンジしてみたがやはり無理。誰に聞いてもこうなってしまったハードディスクドライブは修復ツールがないとどうしようもないと言う。

仕方ないので、手元に転がっていたLinuxマシンから、HDDとメモリ、LANカードを取り外して、セット!

あっけなくHDDのフォーマットが終了して、元通り使えるようになった。ほぼ同じ容量のHDDだったし、メモリも何とか認識してくれているようである。

あとはLANカードが一枚と、Pentium MMXが一枚。
なにせこのLinuxマシンは当時先駆け的に発売されたAll-in-Oneのサーバとして購入したもので、CD Driveすら付いていないものなので、まともに動かそうとするとかなり面倒な上に、そのまま使うには、管理者であるroot権限のパスワードを忘れてしまった代物である。
致命的に使えなくなっていたので、ちょうどいい感じで空っぽになったが、果たしてどうだったんだろう。

猫丸的には、Aptivaを使うかどうかはともかく、ちょっとウレシイ気分になっているのだけど。

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