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2002年5月5日五月晴れ

どうも一日書くと一日休んでしまう傾向がるんだけど、ま、いいか。

「お約束」のギャグ、オチというのがあって、吉本新喜劇の役者が使う「ネタ」から水戸黄門の印籠、そして「ひゅーどろどろ」といえば?

「怪談」というのも、お約束の宝庫である。
夏日が続くせいか、夏っぽい考え方が多くなるのは否めない。
燻製とか鍋とか冬のことは、思いついても「冬に考えればいいや」てなもんである。(某ほぼ日で糸井氏も書いてたな)

トイレの花子さんは何番目の個室にいるとか、合宿所のどの部屋には幽霊が出るとか、トンネルに出る幽霊とか。

どれもこれもある意味、お約束的な要素が強い。
猫丸は実は怪談が大の苦手で、しゃべるのは別の意味でへたくそではあるが、聞くのは大嫌いな方である。
実は下手に聞くと夜トイレに行けない。出来るだけ想像しないようにするのだが、持ち前の「一人で居られない性格」が極端に発動する。

この「お約束に反応する」という構造は、かなり幼稚だと言わざるを得ない。
たぶんなんだけど、脳の構造が簡単なのではないだろうか。
年寄りも脳があまり複雑な配置変更を受け入れられなくなるため、水戸黄門のような「お約束」な展開のドラマの方が気が楽になるらしいが、それはそれで、幼児化しているのと同じだと思うし。

つーことは吉本新喜劇を「毎週喜んでみている」関西人もある意味幼稚な民族と言うことになるか・・・。

そういえばやたら派手好きなのも一種幼稚な気がするし(また自らの墓穴を掘っている発言ではあるが)なんとなく頷けてくる。

「笑い」は、人間しか持たない感情だと言うが、だからといって高等なわけではない。大人より子供の方がよく笑う。くだらないギャグに腹を抱えて笑ったり、それがオヤヂギャグであっても冷ややかな顔もせずにゲラゲラと笑い転げる。

ん?やたらコロコロとよく笑う人が居たけど・・・ん、ま、いいや。

大人になってゆくことで「お約束」には反応しなくなってゆくのは寂しいことだと、こどもの日の今日に思ったわけです。

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